2011年03月11日

坂上二郎さんを偲ぶ

 坂上二郎さんの自分の一番古い記憶は「コント55号のなんで
そうなるの?」です。サイケなオープニング、ステージのセットは
即席で決して派手なものでは無かったけど、子供心に何故か、
大人オンリーのギラギラしたものを感じていました。
(実は収録地が松竹浅草演芸場で、あのギラギラさを出すため
に収録前にストリップをしていたなんて事はwikipediaで知ったの
ですが。勿論、前説代わりのストリップは放映されませんが、
後のカックラキン大放送の枠で深夜じゃ無いなのに大胆ですよね。)
 狂気(失礼!)な欽ちゃんに突っ込みに対しうろたえ、追い込ま
れる常識人の二郎さん。その追い込まれた先に出てくるボケが
すごく面白かったです。その構図は実は、偶然にも「水曜どうで
しょう」のミスターと大泉さんの関係にも似ていて、常識はずれな
企画に対し、どこに行くかも分かっていない大泉さんがボロボロ
になりながらも正論を吐く、そんな笑いが今受け入れられている
訳ですから、コント55号の笑いが今通じないはずは無い、と心
から思っています。

 性格俳優の二郎さんと言えば「夜明けの刑事」。
人情派ながらも確実に犯人を追い込むクールさ、あれも二郎さん
の一面でした。今だとなかなか再放送しませんが、見たいですよね。

 カックラキンの話をしましたが、カックラキンでの二郎さんの芸達
者も凄かったです。歌う、踊る、もちろん、ギャグも。

 コント55号は分かれての仕事が多かったですが、「ぴったしカンカン」
では一緒の仕事でしたね。素人扱いに長けた欽ちゃんでは無く、
敢えて素人側を二郎さんに仕切らせる事で、フジ系欽ドンとの差別化
を図ったのかもしれませんね。

 90年代、21世紀の二郎さんは、ドラマとトーク番組でしょうか。
笑っていいともで、横森良造さんとの絡みを話してくれた時の二郎さん
は、歌が好きで歌手を目指していた時代の事を語りつつも、その時
も伴奏さえあればいつでもどこでも歌える、歌いたいという話を話して
いた記憶があります。

 昭和9年会の輝ける星がまた一つ、流れていきました。謹んで、
二郎さんのご冥福をお祈り申し上げます。
posted by futre at 12:34| Comment(0) | サッカーなど | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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