2006年10月05日

ゲルマンの赤い風は鈴鹿へ

20061005162017.jpg
 もう鈴鹿の季節か。
demoさまのサイトを拝見し、そんな気持ちに
なりました。

 この話は昔のblogに書いたかもしれませんが、
消してしまったのでもう一度。
 私のF1観戦は1994年が最後。日本でおなじみの
ラッツェンバーガーとセナが亡くなったあの年です。
 3日通しの入場券を手に入れたので、今で言う「ム
ーンライトながら」となる夜行の大垣行きに乗っ
て鈴鹿へ。ホテルは全て満室だったので予約できず、
(ネットもiモードも無かった頃なので、旅行代理店
頼りでした。)
決勝に絞っての観戦です。

 私の一番好きなドライバーはアンドレア・デ・チェ
ザリス。ジョーダンで得たスポットのシートを失い、
ベンドリンガーの事故によりザウバーにもぐりこんだ
苦しいシーズンでした。そろそろリタイヤの声も聞こ
えていたので、ここは絶対見ておかなければと思い
大枚叩いて入場券(当時で16,000円。指定を取るとこの
2倍以上しました)を購入したのに、肝心のデ・チェ
ザリスは鈴鹿の直前のヨーロッパGPでチームを
離脱(ToT)!
 何でも、ベンドリンガーの復帰を考えヨーロッパGP
までの契約だった事をいい事にあのゴリラ(失礼!)は
サーフィンに出かけてしまい、契約延長を望んでいた
チームが彼を捕まえる事が出来なったとか何とか。

 お陰でお目当てがいない鈴鹿となりましたがもう一つ、
やはり迷走するロータスを是非この眼に焼き付けておき
たいと言う思いもあり、熱い思いで鈴鹿に向かいました。

 大垣行きの車内は私と同じ、いろんな理由でホテルの
取れなかった鈴鹿目当ての輩が一杯。そのカッコや旗など
持ち物から贔屓チームがすぐ分る状態でした。赤一色、
赤白、青などなど。通路を跳ね馬の旗を振りつつ闊歩する
輩もおり、多少騒がしい車内でぐっすりと寝つつ。
 名古屋に入ると、外は雨。やばいなーこれは。
指定券の無い私。指定の無い人はスタンドの無い斜
面みたいなところで見なければいけないので!
 
 鈴鹿に着き各ブースを巡り楽しんだあと、レース
を見やすい斜面探し!一番当てにしていたのは、
車が一番ゆっくりと回る事からジックリと車を
見られるヘアピンあたり。でもここはマニアな
皆さまで占拠されておりましたので、しぶしぶその
奥の200R過ぎでスプーンのずっと手前あたりで
観戦する事に。

 パイプ椅子を購入し、斜面に腰を下ろすとだんだん
雨がひどくなり。。。私の周辺はドロドロ状態で
椅子も不安定の状態になりながらも決勝を待っている
と、あまりのコンディションの悪さに周りの人が腰を
上げ別な場所に移動してしまい。
 根性でそこに留まりつつ、決勝を見始めましたが、
目当てのロータスはずっとテールエンダー状態。無限
エンジンなので音はいいのに、遅い遅いロータス。
あぁつまんねー!!(怒)
 日の丸背負った右京、野田、隆智穂は揃って討ち死に。
なんだか目当ても無くなりレース途中で鈴鹿を去る事に
しました。何て言っても名古屋までの岐路の混み方は
生半可ではありませんから。早めに帰れば楽が出来る。
でもそういう考えは名古屋についてとても甘かった事が
判明。同じ事を考えた輩が大過ぎ、名古屋駅はF1ファッ
ションの連中で満杯。もちろん新幹線の指定席も全て
満員で、新幹線は通路に座って帰りました。ここでも
鈴鹿のパイプ椅子はとても大助かり。パイプ椅子についた
泥を見て、これは鈴鹿の泥なんだなぁと感慨深く思いに
ふけると、目の前に赤い跳ね馬の旗を振る輩がまた。。。
ここでもお会いしましたね(ToT)。

鈴鹿の混乱は、綺麗に東京駅まで続いていました。
そんな散々のF1でしたが、機会があればまた行きたいな、
と思います。


 今年の鈴鹿は、シュー最後の鈴鹿です。
たった1戦ですが、菅生のF3000を走りに来たザウバ
ーメルセデスの「顎の若造」が数々のタイトルを取り、
引退ですか。
奥州VICICの元オフィシャルとしては感慨深いです。
はい。
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