2009年12月18日

右京生還

 仕事しながらのお昼休み、息抜きに開けたYahoo
のトップページに息を飲みました。片山右京、富士山で
遭難とありました。私は富士山の登山経験はありませ
んが、冬山の遭難の危険性が高い事は常識程度に感じて
いました。午後の仕事中、最悪の事ばかり考えていま
した。そんな夕方、右京保護の報が流れ少し安堵
したものの、他のお二方の安否が不明と聞きまた
辛い気持ちで残業をこなしていました。

 夜、右京の記者会見があり、テントがとばされたか
残ったかで体へのダメージが左右された事を知りました。
九死に一生を得た右京が今後心配をかける事が
無い事と、未だ不明のお二方が一刻も早く見つかる
事を祈るばかりです。
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2009年11月17日

75ペンスで売却した訳では

 ブラウンGP、無事メルセデスに売却!
チームの存続のためにプライベート参戦に打って出て、まさかの
Wタイトルを取ったブラウンGPは、全てがその始まりも、栄光も、
終焉も全てが空前絶後な物だったと思います。
 チームが存続して欲しいのは元のオーナーであるホンダも同じ
気持ちだったでしょう。チームを1ポンド(140円ぐらい?)で手放し
たのも、存続への負担を軽減するものだったと思いますが、
その後の栄光⇒他ワークス系への売却をどんな気持ちで受け止
めていたのでしょう。
 この「賭け」、チーム全員の勝利でありますが、ロス・ブラウンには
(もちろん知り合いではありませんが)ベルギービールの一杯ぐらい
おごってもらってもバチは当たらぬ感じです。
だって、メルセデスがアブダビの投資会社と共同で株を75%買おうっ
て言うんだし、さらにメルセデスはマクラーレンの株を売って資金を
調達するみたいだし、それだけ大きな規模で買う株価が75ペンス
(1ポンドの75%)ではないんでしょうから^^;

 とは言え破産のリスクが高い賭けに勝ったのだから、彼の取り分の
リターンは正当なものです。おめでとう、ロス・ブラウン!
(富を得てリタイアするのでは無く、来期も雇われ代表として残るのだ
から、彼の目的は富じゃ無くサーキットに留まる事だったのでしょうね。)
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2009年10月03日

イヤミ復活!

 フローセンサーにスロットルセンサーを取り替えた
イヤミに乗ると、

「全然ちゃうやん。」

 馬力が一気に戻ってきました。
ターボの反応もキレキレです。

 治してよかった!後は稼がねば。。。。
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2009年10月02日

フローセンサー交換

 ノッキング発生。2時間がかりの検査の結果は
フローセンサー不良。痛い修理代もブローを免れた
だけ良いと思わねば。

 まだまだ乗りまっせ!イヤミさんよろしく!
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2009年09月17日

ロータス、名前だけ復活

ネタ元はこちら

 実態はイギリスF3のライトスピードの昇格ながら、
一応親会社プロトンの本拠地マレーシアの援助もあり
いずれはにオールマレーシアのチームになるなんて
記事もあり、はっきりとした実態は見えていません。
ただ、ビッグネームとしてテクニカルデザイナーに
マイク・ガスコイン、コマーシャルアンバサターと
してあのジョニー・ハーバートが起用されるなど
予定されるコスワースエンジンを除き成功の糸口が
見える様な気がします。

 代表とされるトニー・フェルナンデスなる人物も
マレーシアの富豪だそうで、開始数年間の苦しい時期
を耐えて続けてくれればきっと陽の目を見ることも
あるでしょうし、私も長きロータスファンの一人として
久しぶりにより深くF1を興味強く見る機会が増えると
思います。
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2009年08月28日

ラストチャンス!

 ルカ・バドエル。
「もう一方の赤いほう」スクーデリア・イタリア最後のドライバーの
一人であり、長くフェラーリのテストドライバーを勤めた彼はもう
38歳。デビュー時に時折見せた輝きもすっかり過去のものなり、
F1本戦へのブランクという意味ではシュー兄の比では無いけど、
自分が育てた車を駆って初ポイントゲットのチャンスに挑みます。

 正ドライバーとしての彼の評価は、どうもマラネロでの中では
良くない様です。何でももう次のドライバー候補が複数存在する
とか。

 でも、今週末だけは彼にチャンスがある訳ですから。

 来期以降のテストドライバーの地位確保を考えるとひどい無茶
は出来ないかもしれないけど、しっかり生き残れば何かが起こる
かも。F1デビュー以来16年と言う大ベテランにとっての初ポイン
トゲットのこのチャンスは、かけがえの無いラストチャンスなので
すから、心より応援いたします。

 何かが起こるのがスパ・フランコルシャン。そう、スパは私を
裏切りません!
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2009年03月01日

パシフィコ横浜 13時00分

20090301130418.jpg
 国さんと長谷見さん。幸せな時間でした!
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パシフィコ横浜 11時30分

20090301105735.jpg20090301112404.jpg
 しばし満喫中!
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2009年02月02日

メダル制でネルソン・ピケの3回のチャンピオンが無くなるなんて良く言ってくれたと思う。

ネタ元はこちら

 タイトルを取ったドライバーの中で、一番
ピケが大好きな自分にとってみれば、こんな
ばかげた議論は無いと思いました。

 彼はその年毎のルールに従ってチャンピオン
を取ったまでの話で、あと付けのルール変更の
話を当てはめても、彼の栄光にケチをつけるだ
けです。

 例えば、「ライトスタンドに入った打球は全
てアウト」としたルールを王貞治の過去のタイ
トルに当てはめると、一回もホームランキング
を取れないのと、話は同じです。

 そこまでしてメダル制を否定しなくても。。。
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2008年12月16日

スバルがWRC撤退。

オフィシャルはこちら

 空前絶後の不景気風は身をもって体感している
最中ですが、とうとうスバルさんも撤退と言う
事に。。。

 Nは続けてくれるらしいので、新井ファンとして
まずは一安心ですが、この不景気がモータースポ
ーツに与える影響の大きさ、そして我らがサッカー
界においてもありえる事と身も凍る思いです。

 横浜FCも大々的に新規スポンサー募集を募ってい
るところを見る限り、決して裕福では無い状況が
見て取れます。自分が出来る事で、そして自分が出
来る範囲で、チームを支えたいと思います。
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2008年11月13日

In this country

In this country〜ロビン・サンダー

 今日のお昼休みにネットしてたら、偶然この曲の事を目
にし、腕をさむさむイボ一杯にしながら昔を懐かしんでい
ました。
 昔の記憶をひも解く限り、フジでのF1中継最初期である
87年からしばらくはオープニングもエンディングも「Truth」
では無かったかと思います。87年当時からビデオ録画を
続け、確か1998年ぐらいまでの丸10年ぐらいの映像は
持っていたのですが、長年の劣化とカビの浸食により
泣く泣く廃棄した後の現在においてそれを確かめる術
はありません。
 だから自分の記憶に頼るしかないのですが、当時は
ほぼ全てのが「Truth」で、先述のオープニング/エンディ
ングに加へCMに入るアイキャッチまで「Truth」でした。
だから「Truth」の事を考えるだけでも少しさむイボが出
来る程入れ込んでしまうのですが、今でもたまに耳にす
るこの曲を思い出す機会は今でも多くあります。
 グリッド紹介の「危険濃度」は後に加わったBGMとなり
ます。私の記憶では最初期のグリッド紹介は音楽無しで
は無かったかと思います。
 そして90年代、確か91年に登場するのがこの「In this
country」なのです。ブラジルやオーストラリア等の生放送
を除き、レースの感動的なシーンをつなぎ合わせてバッ
クの「Truth」と合わせるエンディングはこの前にもありまし
たが、91年に登場したこの印象的なバラードをバックにし
たエンディングはレース中の興奮を呼び覚まし、クールダ
ウンする素晴らしい演出でした。当時は山形に住みつつ、
ケーブル放送で仙台のテレビを見ていた自分なので、
この「In this country」のドラムパートの音の余韻が残る
エンディング終了後に続き、仙台放送のエンディングコー
ルに当時使われていたホイットニー・ヒューストンの
「All at once」がメドレーとして続く事が頭に鮮明に残って
います。93年には川崎に住み、フジテレビのエンディング
のCGを覚えていますが、フジの当時はどうだったんでしょ
うかね?おおっと話がずれました。
 度々思い出し、少しのさむイボを製造してきた「Truth」
と比べ、「In this country」の存在はもう何年も忘れていた
様な気がします。だから、今の自分は大量のさむさむイボ
を作りつつ、この文を書いているのです。

 今でも思い出します。カナダGP、スローダウンするマン
セルの横を通り過ぎるピケ、オフィシャルに励まされるマン
セル。ベルギーGP、カメラにテールを見せつつ、スローダ
ウンしてグラベルに車を止めるチェザリス。オーストラリア
GP、雨の中の中嶋リタイア&レース途中中止で割り切れ
ないままでの生エンディングなど。でも中嶋のいなくなった
92年の記憶は比較的薄く、「In this country」も間もなく
役目を終えた様な記憶があります。次のエンディングがど
の曲だったか、そしてレースウィナーに用意された個人用
BGMの存在も頭からは消えつつあります。でも、「In this
country」のインパクトはすごかったです。たぶん、残りの
一生の中でまた何年かごとに思い出し、大量のさむさむ
イボを作る曲となる事は間違いありません。記憶が鮮明
過ぎて、CDが欲しいと言う気も起らなくなる曲でもありま
す。
 
 あれから17年。もう何年もF1中継を見ていません。
そんな暇があったら、横浜FCの次の対戦相手の試合を
見る事を選択するのが今の自分です。
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2008年10月14日

6年振りのお誘い

 何の気なしに同僚と話していたら、6年振りの懐かしいお誘
いを受けてしまいました。懐かしいと言っても断り前提のお誘
いなので、気持ちの良いお誘いではありませんでしたが。

 その内容は、「レースオフィシャル」へのお誘いでした。
話によると、某スピードウェイ(全然某になっていませんが)で
オフィシャル増強の話があるらしく、レースに興味のある未経
験者と私の様な「予備役」的なリタイア者に声掛けをしている
そうです。私のレースオフィシャルのキャリアを知っている同僚
自体が非常に珍しい存在なのですが、オフィシャルを辞めた
理由をサッカーの話を抜きに端的に話し丁寧にお断りいたしま
した。

 私がレースオフィシャルを辞めた理由は二つ。「義務感」が
負担になっていたのと、サッカーを追いかけたくなったからです。
義務感については、テキトーでは無く真面目にオフィシャルをした
人なら誰しもが通る道だと思います。レースやジムカーナ、ダー
トラはもちろん、地域のレース場やオーガナイザー主催の所謂
草レースと言われるものまで、毎週末どこかの場所ではレース
が行われている訳であり、それに必要なオフィシャルは争奪戦
になるのですが、これはオファーを受ける側がそれぞれの尺度
でここまでは受ける、ここからは断ると線を引かないと大変な事
になります。
 自分の場合はキャリアが進むにつれJAF戦(GT、Fポン、スー
パー耐等の全国戦+地方戦)と同じくJAFのジムカーナ、それに
非JAF戦であるレース場開催の草レースに引っ張られていたので、
毎週末土日が無い状態でした。一度広げてしまうと改めて線を
引くのは大変で、「私は辞めます。」って一斉に宣言したほうが
中途半端に続けるよりすっきりするし、何より今までのオフィシャル
のキャリアに「もうやり遂げた」って満足していましたからね。

 現在では資格も更新しなかったためただの無資格者ですから、
今更資格取り直して車両規則頭に叩き込み直してをして、
タイヤマーク等の丁稚からやり直せるかって言われれば、その
後にある「土日無し」の展開も見えているし、正直無理って感じ
です。何より、今のサッカーライフがまだまだ不満足ですしやり切
れていませんから。

 今でもたまに夢に見ますし、もう一度やってみたいって気持が
無い訳では無いのですが、今はまだまだサッカーの方が最優先
ですね。自分には。
posted by futre at 10:23| Comment(0) | 実はエンスーだったりします | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

国立科学博物館 16時30分

20080503164339.jpg
今日の試合の事を言う前にまずはここを。
試合後に上野に急ぎこちらでR787を見てきました。
長年の憧れの車です。
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2008年03月10日

私のもう一つのアドレナリンの元。





 Real player11をダウンロードしたので、早速
いくつかの動画をダウンロードしてみました。
その中でもこれは欠かせないと思うこれらの
画像は真っ先に落としました。
私のもう一つのアドレナリンの元、デ・クラッシャリスよ
永遠に!

2008年02月12日

一家に一台、F1カーは如何?

 Yahoo JAPANのトップページにペーター・ザウバー
がチームザウバーのF1カーを売りに出していると
書いてあったので、その売っている元締めのF1-Sales.com
のサイトに行ってみました。

 ページに入って、いきなり「ストックリスト」なる
ページを開くとあるある!
まずはアロウズ、いやフットワークのFA-13(1992年)
灰色の記憶の中では、無限エンジンにフットワーク
カラーのはずなのだけど、これは真っ白。won the UK
EuroBOSSとあるので、シャシーは転用されてしまって
いるみたい。でも写真の奥のほうにしっかりとフット
ワークカラーのカウルがあったりなんかしたりして。
で、おいくらかと言うと、$47500。いや違う!ポンドだ!
47,500ポンド。ポンドのレートは1ポンド=209円だから、
こんなんで(失礼!)9,927,500円!
きゅうひゃくきゅうじゅうにまんななせんごひゃくえん〜!
たかーいたかーい。高すぎるよこれ。。。

 気を取り直して。

 ベネトンはまとめて大廉売中!チーム創設時と書いて
あるけど、絶対トールマンだと思う85年の作を始め、
1993年94年95年とまとめて入荷した感じ。
こちらのカラーリングはほぼ当時のままと思われますが、
やはりお値段は張りまして62,500ポンドからPOA(多分Price on
auction)まで。いっせんさんびゃくろくまんえんなり〜!
高いは高いけど、色塗り替えられて散々使いまわされた
フットワークよりはお勧め。もう三百万出せるかがポイ
ントですな。(って私は何様?)

 そんな中、日本人にはお勧めの物件が登場!何と!
レイトンハウスGC189(1989年)だ!お値段も37,500ポンド
(7,837,500円)とお値ごろ!でも。。。
写真が無いのです。ページに写ってる写真は現役当時の
写真。これは実物がバラバラだったとしても文句は言え
ないかも?

 お金は無い。でも偽者はイヤと言う我が儘なお客様には
先のレイトンと同額の37,500ポンド(7,837,500円)でご奉仕
されていたこちらは如何?それはパシフィックPR01(1994年)
私の大好きなベルトラン・ガショーが乗った(かも)その
シャーシはカラーリングはそのまま。フロントのカーナンバー
が無いのはフロントウイングが新品の証?是非こちらをお買い
上げの上、マイナーF1カーオーナーの仲間入りは如何でしょう?

 と、年収ウン百万のサラリーマンの分際で言ってみました。
もし私が億万長者なら、ベネトンB193&194の価格を交渉しつつ、
その値引率と同じ値引きでレイトンとパシフィックを買って
帰ろうかな。。。(やはり貧乏性)
でもレイトンとパシフィックはとても思い入れのある車なので、
そうしたいなぁ。と思った次第です。

 ちなみに、エンジンはフォードHBとゼデックRが60,000ポンド
均一(1254万円)。え?シャーシと同じぐらいするの?
あとはジャッドCVが20000〜27500ポンドと少し買い得なれど、
こんな80年後半の遺物を買っても。。。
 我々でも手の届きそうなものとしては、ベネトンのスーツや
チームシャツなど。15ポンドから450ポンドだから、10万でお釣り
が来ますけどね〜♪(でも高い!)

 以上、実際はタミヤのプラモも手の届かない超貧乏の
管理人でした。

2007年11月19日

アイルランドの伊達男は今。。。

「この25年で複数の勝利を挙げたチーム
は5つしかない。フェラーリ、マクラーレン、
ウィリアムズ、ルノーそしてジョーダンだ。
これが現実だ」

 これは我らがジョーダングランプリ元
オーナーのエディ・ジョーダンの言葉。
新規再参戦を模索なんて噂も多く聞か
れたエディ・ジョーダンですが、最新の
インタビューではF1界からの引退を
ほのめかす発言に変わっている様です。
 F1では十分な成果をあげたと自賛
する根拠として掲げたのがこの言葉
となります。
 私の灰色の記憶の中でもここから
スチュワートレーシングの1999年
ヨーロッパGPでの勝利が抜けていると
分かるので、実際は(今で言うところの)
フェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズ、
ルノー、レッドブル、そしてジョーダンと
なるのですが、ここはレッドブルより
ジョーダンGPのほうが成果をあげた
のだ!と主張したいエディがわざと
レッドブルを外したのでは?と思いま
す。さらにはスチュワートは同時期の
同じプライベーターだったのでその
ライバル心もあっての事かもしれません。
 あ、そうだ、ロータスもセナで勝ってる。
リジェもパニスで勝ってるし。。。
(それぞれ後継チームは消滅していますが)

 いい加減な奴め。まったく(笑)

 ジョーダンGPが最も輝いていたのは
1999年、2000年(合計3勝)ですが、
やはり私には1991年の参戦初年度が
一番印象に残っています。
F1設計経験の無いデザイナーがデザイ
ンした1990年代最も美しいシャーシ。
風洞実験は大学の設備を借りると言う
部分的なアマチュアリズム。史上最も
モノコックシャーシを壊したドライバー
と予備予選落ち回数なら5本の指に入
るドライバーのドハデなコンビ。
レギュレーション違反のウイングでテス
トのベストタイムをたたいたり、本戦に
Qタイヤを履いて(と噂された)のベスト
ラップをゲットしたり、更には合間の
いかだレースに本気モードで優勝を勝
ち取るなどのパフォーマンス。そのパ
フォーマンスによってか徐々に増える
スポンサーなど。。。
刺激的で、かつどこか横浜FCともかぶ
るジョーダンのパフォーマンスを是非
ほかのカテゴリーでも見たいところなの
ですが。。。この男の次は何を目指す
やら。ファンとしては楽しみです。

2006年10月05日

ゲルマンの赤い風は鈴鹿へ

20061005162017.jpg
 もう鈴鹿の季節か。
demoさまのサイトを拝見し、そんな気持ちに
なりました。

 この話は昔のblogに書いたかもしれませんが、
消してしまったのでもう一度。
 私のF1観戦は1994年が最後。日本でおなじみの
ラッツェンバーガーとセナが亡くなったあの年です。
 3日通しの入場券を手に入れたので、今で言う「ム
ーンライトながら」となる夜行の大垣行きに乗っ
て鈴鹿へ。ホテルは全て満室だったので予約できず、
(ネットもiモードも無かった頃なので、旅行代理店
頼りでした。)
決勝に絞っての観戦です。

 私の一番好きなドライバーはアンドレア・デ・チェ
ザリス。ジョーダンで得たスポットのシートを失い、
ベンドリンガーの事故によりザウバーにもぐりこんだ
苦しいシーズンでした。そろそろリタイヤの声も聞こ
えていたので、ここは絶対見ておかなければと思い
大枚叩いて入場券(当時で16,000円。指定を取るとこの
2倍以上しました)を購入したのに、肝心のデ・チェ
ザリスは鈴鹿の直前のヨーロッパGPでチームを
離脱(ToT)!
 何でも、ベンドリンガーの復帰を考えヨーロッパGP
までの契約だった事をいい事にあのゴリラ(失礼!)は
サーフィンに出かけてしまい、契約延長を望んでいた
チームが彼を捕まえる事が出来なったとか何とか。

 お陰でお目当てがいない鈴鹿となりましたがもう一つ、
やはり迷走するロータスを是非この眼に焼き付けておき
たいと言う思いもあり、熱い思いで鈴鹿に向かいました。

 大垣行きの車内は私と同じ、いろんな理由でホテルの
取れなかった鈴鹿目当ての輩が一杯。そのカッコや旗など
持ち物から贔屓チームがすぐ分る状態でした。赤一色、
赤白、青などなど。通路を跳ね馬の旗を振りつつ闊歩する
輩もおり、多少騒がしい車内でぐっすりと寝つつ。
 名古屋に入ると、外は雨。やばいなーこれは。
指定券の無い私。指定の無い人はスタンドの無い斜
面みたいなところで見なければいけないので!
 
 鈴鹿に着き各ブースを巡り楽しんだあと、レース
を見やすい斜面探し!一番当てにしていたのは、
車が一番ゆっくりと回る事からジックリと車を
見られるヘアピンあたり。でもここはマニアな
皆さまで占拠されておりましたので、しぶしぶその
奥の200R過ぎでスプーンのずっと手前あたりで
観戦する事に。

 パイプ椅子を購入し、斜面に腰を下ろすとだんだん
雨がひどくなり。。。私の周辺はドロドロ状態で
椅子も不安定の状態になりながらも決勝を待っている
と、あまりのコンディションの悪さに周りの人が腰を
上げ別な場所に移動してしまい。
 根性でそこに留まりつつ、決勝を見始めましたが、
目当てのロータスはずっとテールエンダー状態。無限
エンジンなので音はいいのに、遅い遅いロータス。
あぁつまんねー!!(怒)
 日の丸背負った右京、野田、隆智穂は揃って討ち死に。
なんだか目当ても無くなりレース途中で鈴鹿を去る事に
しました。何て言っても名古屋までの岐路の混み方は
生半可ではありませんから。早めに帰れば楽が出来る。
でもそういう考えは名古屋についてとても甘かった事が
判明。同じ事を考えた輩が大過ぎ、名古屋駅はF1ファッ
ションの連中で満杯。もちろん新幹線の指定席も全て
満員で、新幹線は通路に座って帰りました。ここでも
鈴鹿のパイプ椅子はとても大助かり。パイプ椅子についた
泥を見て、これは鈴鹿の泥なんだなぁと感慨深く思いに
ふけると、目の前に赤い跳ね馬の旗を振る輩がまた。。。
ここでもお会いしましたね(ToT)。

鈴鹿の混乱は、綺麗に東京駅まで続いていました。
そんな散々のF1でしたが、機会があればまた行きたいな、
と思います。


 今年の鈴鹿は、シュー最後の鈴鹿です。
たった1戦ですが、菅生のF3000を走りに来たザウバ
ーメルセデスの「顎の若造」が数々のタイトルを取り、
引退ですか。
奥州VICICの元オフィシャルとしては感慨深いです。
はい。

2005年11月23日

「壊し屋」の初勝利はいつ???

 忙しさにかまけて、ネットサーフィンをサボリ気味の
管理人です。

 どうなったかな〜と気にかけつつ、ずっと結果を知らなかった
GPマスターズの結果を偶然見つけてしまい、あちゃ^^と。

1 - Team Altech - ナイジェル・マンセル - 30周
2 - Team LG - エマーソン・フィティパルディ - 0.408
3 - Team Goldpfeil - リカルド・パトレーゼ - 20.662
4 - Team Unipart - アンドレア・デ・チェザリス - 21.700
5 - Team Lixxus - デレック・ワーウィック - 21.853
6 - Team Phantom - ハンス・ヨアヒム・シュトック - 23.201
7 - Team Unipart - クリスチャン・ダナー - 24.118
8 - Team Altech - エディ・チーバー - 32.205
9 - Team LG - ヤン・ラマース - 32.778
10 - Team Altech - エリシオ・サラザール - 43.419
11 - Team Lixxus - パトリック・タンベイ - 1:11.584
12 - Team G. Palace - ルネ・アルヌー - 1:12.736
13 - Team GMF - ジャック・ラフィー - 13周
14 - Team Phantom - ステファン・ヨハンソン - 2周

 興行的には一番“美味しい”マンセル優勝に終ったみたいですが、
その場にいたら是非楽しみたかったのは4位デ・チェザリス対5位
ワーウィックのバトル!あぁ見たかったなぁ。。。

 勝手知ったるこの二人のバトル、しかも私の大好きな渋系でも
あり、どっかでビデオでも出さないかなーと思った管理人でした。

 なんと!来年はプロストを加えシリーズ化するとな。

 だったら、来年の鈴鹿か再来年の富士のF1のサポートレース
にでも。。。私的にはこれ見れたら、「本番」見ずに帰ってもいいな。
posted by futre at 00:03| 実はエンスーだったりします | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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